2010年8月アーカイブ

GTO/藤沢とおる(漫画)

まさかの復活!
1997年から2002年に週刊少年マガジンにて連載された学園
漫画。昨年から「GTO SHONAN 14DAYS」としてマガジンで再び連載中です。
「湘南純愛組!」の鬼塚英吉が、型破りな教師として活躍する作品です。

もうお馴染みですよね。アニメ・ドラマ化も果たした大ヒット作品です。

当時、特に社会問題として取り上げられていた教育問題・未成年犯罪・家庭崩壊などを主軸に、既存の教育にアウトローなヒーローとして鬼塚が活躍します。主軸のストーリー外でも破天荒なギャグや法を無視したアウトローなネタ、またオタクに傾向したネタなども取り扱った作品です。

今回は現在連載中の作品はとりあえず別とします。

いま読み返すと、ネタの詰め込み方は半端じゃないと感じます。上述のかなりコアなネタが毎回びっしり詰め込まれている事が、時をおいて読み返すことで気づけます。
やはり時代にも恵まれた作品です。社会問題の多くが「学校」というフィールドで生まれていた時代ですから、その現状に呼応するように本作も豊富な切り口を見せています。

「湘南純愛組!」と世界観が同じではありますが、表現方法・描写がかなりディープに進化している点にも着目したいです。教頭が主役になる回などは、「団塊世代」というものを入り乱れる意識をモノローグ・吹き出しで埋め尽くすことによって表現しています。また、複雑なコンプレックスで凶行に走る教師・勅使河原のキャラクターとその「狂気」をあそこまで斬新な表現で見せたのは、多くの社会問題をテーマに扱ってきた経験のなせる技でしょう。

提示しているテーマはごくシンプルであっても、それを伝えるには多くの入り組んだ表現が必要という事を示した傑作です。

古本買取で訪れた港区での発見...

東京の港区といえば、青山や六本木、赤坂など、おしゃれな街が多いので、古本買取とは無関係な気がしますが、案外古書店も多いのです。

港区は確かに赤坂、六本木などの歓楽街もありますが、虎ノ門や新橋などのオフィス街や麻布、白金台などの高級住宅街などもあって、結構バラエティーに富んでいるのですね。

当然、港区で古本買取に応じてくれる古書店もいくつもあります。

それに街並みがモダンで新しいところが多いのでつい見逃しがちですが、ぽつんと昔ながらの家屋や店舗が残っていたりします。

そういえばみなさんは「看板建築」ってご存知ですか? これは建築史家の藤森照信氏が命名されたもので、木造建築で前面だけ平らにモルタルの看板のような装飾をつけた建物です。正面から見れば洋風のビルのように見えますが、横にまわれば昔ながらの日本の木造建築というものです。これは、関東大震災後、商店などに用いられた建築様式だそうです。

表こそ西洋風ですが、ちょっと中に入れば、日本の伝統的な暮らしがあるという、いかにも日本的な和洋折衷の様式がなかなか面白いですよね。

それにこれらの建物は立派な建築家が建てたものではなく、街の大工さんやモルタル職人さん造ったものなんですが、実に凝ったしゃれた装飾になっているものが多いのですね。

古本買取に港区に訪れた方は、そういう街並みも観察すると面白いですよ。

ef a tale of melodies.(アニメ)

minori制作のアダルトゲームをシャフト制作でアニメ化した
「ef a tale of memories.」の二期にあたる作品です。

この作品、非常に個人的に思い出深い作品です。結構ドラマチックなストーリーなので共感はないのですが、この物語が提示する「終末」に対するスタンスはとても勇気をもらいました。

一期「ef a tale of memories.」から登場していた火村夕、雨宮優子、羽山ミズキ、久瀬修一を中心にした物語です。一期からの謎と伏線が一気に回収されていきます。一期よりも更に鬱展開が激しいです。前半は羽山ミズキと久瀬修一の出会いからお互いが惹かれ合う話と、火村夕と雨宮優子の過去が描かれます。
例えるなら、ミズキと久瀬のストーリーは「終末から」、火村と優子のストーリーは「終末まで」を描いています。その意味は是非本編を観て知って欲しいです。
安息と希望の毎日の裏には、信じられないような絶望的な事実が待っている。そう言わんばかりに物語も浮いては沈み、浮いては沈みをしていきます。

一期のキャラとの奇妙な縁も「音羽」という舞台のトリックを使って描かれています。そういう数々の縁がミズキと修一の「終末」の先を作り上げていきます。
とにかくミズキが良い娘です! 私は一期、二期合わせてミズキが一番好きです。実はミズキが一期から想像もつかないほどのキーパーソンなのです! 修一の辛さもわかるんですけどね。基本、この二人の話はちょっと携帯小説めいたところもあるので(笑)それでもミズキの選んだ未来には目を見張ります。

そして! 火村と雨宮です。まあ全ての始まりなんですよね。全ての始まりであり、ずっと終わることの出来ずにいた物語です。結構過去編はそれこそ携帯小説ばりなのですが、結末がとても素晴らしいです。もう過ぎ去ってしまった時間は取り戻せない。しかし、だからこそ紡がなければならない思いがある。そんなことを「ef a tale of melodies.」は提示しています。

本当に感想だけ言ってしまえば、大号泣でした! に尽きます。火村と雨宮の思いは「音羽」に宿っています。本当に最後の感動は一期からの群像劇があるからこそです。もう最後の火村と雨宮の屋上シーンは涙なしには語れません。というか私が火村好きすぎるだけですけどね。本当に火村は良く頑張ったよと言いたいです。(何様!)

最後の最後にシャフト演出の積み重ねが光るラストシーンですので是非観てみてください!
火村の「この世に奇跡なんて無い。あるのは偶然と必然、そして誰が何をするかだけ」という言葉もテーマとなっていますので、そこらへんも!

古本買取の相場は・・

 古本買取してもらうのに、「この本はいくらで買い取ってもらえるのか」と考える人は少なくないで
しょう。誰だって、気になりますよね。
では、その古本の値段はどうやって決められるのでしょうか。
 全てが大手に「右にならえ」をしているわけではないようですが、「相場」というのが存在するのも事実のようです。そして、古本買取の相場は常に変動しています。
 株と同じように考えて下さい。ある会社がまったく新しい商品を開発し、それがとてもヒットしそうな
商品だったら、当然その会社の株価も上がりますよね。みんなが株を買うからです。ですが、その商品の
旬が過ぎ、流行が終わってしまいそうになったら、途端にみんなはその会社の株を売りに出します。
古本の相場にも同じことがいえるでしょう。
 最近は、漫画が原作のドラマが多いですよね。その情報をいち早くキャッチしていて、その漫画を持っ
ていたら、その漫画は通常よりも高価な買取額になります。小説も同じです。ずっと以前に発売されて、
当時はあまり売れずに、絶版になっていたものが、ドラマ化や映画化が決定した途端に再販もされるよう
になった、ということは最近珍しくなくなってきました。
 自分にとってはもう価値のない古本であっても、そういった影響で急に日の目を見て、相場があがるこ
とが考えられるのです。ですから、古本を買取してもらうにはその時期が大事です。
また、昔大流行した漫画で、原作者と漫画家との間で裁判沙汰になり、人気があるにも関わらず再販され
ないような場合、その漫画はたとえ古くても、プレミアムがついて高くなります。

 相場を読むのは難しいですが、ご自分の蔵書が予想外の高い価格になる可能性は、絶対にないとはいい
きれません。あまりにも売れている本は別ですが、どうか、蔵書は大切に保管しておくことをお勧めしま
す。

闇金ウシジマくん」

この漫画、
実はTBS系で10月にドラマ化されるそうなんです。

ちなみに主人公は山田孝之さんが演じるそうで、
放送時間は深夜枠とのことなのですが、どうなんでしょうかね。

「殺し屋1」にも似た、
残虐的な部分が多々含まれる漫画ですので、
漫画「闇金ウシジマくん」が好きな人にとっては、
中途半端な作品になってしまうかもしれまん。

「殺し屋1」も映像化されていますが、
それは映画での話でした。

個人的には、「殺し屋1」好きな人も落胆することの無い、
非常に面白い内容となっていた記憶がありますが、
「闇金ウシジマくん」はどうなるものやら。

そもそも深夜枠だからと言って、
人の生き死にをリアルに再現することは、
最近のテレビ番組に対する苦情の増加からも難しいと言えるでしょう。

作品によっては漫画は漫画のまま残した方が良い物も多数あり、
現実的な作品だからテレビ化しちゃえ!という感じがしてしょうがありません。

まぁ現実的ではないドラゴンボールまで映画化される昨今ですので
お金をかければ、どの作品でも映像化できるのでしょうが、
その大半は中途半端な作品になっていますからね。

個人的にはVシネマを深夜枠で放送することに近い気がするのですが、
そんな気持ちとは裏腹に「闇金ウシジマくん」が好きなので、
実は今から楽しみにしていたりします。

山田孝之さんには映画クローズで見せた、
獣の様なオーラをまとった丑嶋馨を演じてもらいたいものです。

Calling Out Of Context/Arthur Russell

今回は、70年代のディスコ~
現代のクラブミュージックに大きな影響を与えたと言われるアーサー・ラッセルの未発表音源集のご紹介です。

まずは、アーサー・ラッセルの説明を簡単に。チェロ奏者/現代音楽家という肩書きで活動していたミュージシャンです。おそらく大半の人があまり耳にしない人だとは思うのですが、(この記事に辿りついた方はご存知かもしれませんが...) いわゆる前衛音楽、アヴァンギャルドな作品を残していた人です。残念なことに40歳の若さで92年にエイズで亡くなっていて、世間で評価されたのは死後だいぶ経ってからでした。

チェロのみで反復リズムを作ってダンスミュージックとしたり、またノイジーなチェロにパーカッションを交えるなど本当に実験的なことを繰り返した人で、その中のキャリアで現在におけるディスコクラシックを連発したのです。(個人的には、わかりやすいディスコチューンは、『Dinosaur L』や『Indian Ocean』といった彼の別名義によるものの方が多い気がするのですが...)
それらの実験的な試行の全てが、今や当たり前となっているハウスやテクノのジャンルレスな横断の礎となっているのです。

といってもあまりにメディアの露出が少なかった上に、非常に芸術家気質で作品作りには偏執的なものがあったようでポップな作品は正直少ないと言わざるを得ません。譜面にして一日以上の演奏となる楽曲を作りあげたり。あまりにリズム狂であるがためにチェロを打楽器的に弾く以外は、全くのノークリックという曲もあります。そんな彼だったので、死後10年以上発表されなかった曲が1000曲以上あったそうです。

それを埋もれさせてはいかんと、かの有名なラフ・トレード、SOUL JAZZ、そして本作リリース元のP-VINEなどのレーベルが世にガラージ、ミニマム、シカゴ・ハウスなどが入り交じった2004年前後に再発の動きに出たのです。
私はその時よりもう少し遅れて聴きました。(70年代ノー・ウェイブのリバイバー、ディスコ・パンクの名手であるDFAからの流れです。) 初聴きは「World Of Echo」というその再発シリーズの中でも最も評価が高く傑作といわれたものだったのですが、最初はチンプンカンプンでした。
あまりにミニマムに構築されててこれは本当に聴き込まないとわからないぞ...というのが本音でした。それでしばらく違うところを掘っていこうと思った時に本作に出会ったのです。

本作はアーサー・ラッセル作品の中でもおそらく最もアヴァンギャルド色が薄く、それこそディスコ・クラシックの系譜にあると思います。ハウス聴き込んでる人は問題なく聴けると思います。
そんな本作を聴いて「はじめてアーサー・ラッセルに近づけた!」と思えたときに、ようやく少し評価されている理由がわかりました。
各方面で言われている通り、現在のジャンルレスな手法全部やっちゃっているんです。かつ、歌が乗ってソングとして成り立っています。
普通クラブでかかる音楽というのは踊るためのものであり、一つの楽曲たりえる事は難しいです。作品としてコンパイルする時は別ですが、基本的にはそういう快楽の音楽に尽きる面がダンスミュージックにはあると思います。
それでも一つの楽曲と仕上げつつ実験性があって踊れるっていうのは、そりゃ再評価されてお手本になりますよ。もう天才としか言いようがないですね。

本作のテイストは今で言うと、ディスコというよりはハウスに括った方がわかりやすいのではないかと思います。かなり気持ちいいです。グイグイくる感じとは対極の徹底した浮遊感です。これが10年~20年前から存在して評価されなかったのも凄いって感じです。
これからアーサー・ラッセルという方にはネームバリューのある「World Of Echo」や「World Of Arthur Russel」より本作から聴くことをオススメします。
アルバム全体を見ても一番バランス良くまとまっていると思います

このアーカイブについて

このページには、2010年8月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年7月です。

次のアーカイブは2010年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。